欲しいものが、欲しいね。

植草甚一さんほど尊敬すべき人物はいないなァ。まねてもなれる存在ではないよね。

したくないことはしない JJの言葉から

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欧米文学、ジャズ、映画の評論家として知られた"JJ”こと植草甚一(1908~1979)の評伝を、晶文社の編集者だった津野梅太郎が書いています。海外の小説をスラスラ紹介し、ジャズや映画にも詳しい文化人(=遊び人)と 思い込んできた植草像が実はそんなものではなかったことがわかります。

一高受験の失敗、早稲田の中退等々、植草さんの前半生は失敗の連続だったようだ。だが、植草さんはめげずに、否、すごくめげていたのだろうが、その「マイナス札」をエンジンに、外国の小説を読み、映画を見ていたのだ。津野さんの文章を読んでいると、飯島正淀川長治などの姿と共に同時代の東京が見えてくる。(梅本洋一

「したくないことはしない─植草甚一の青春」津野海太郎 著(新潮社)は、編集者として植草甚一を観察し続け、植草甚一的な生き方を理解し、分解し、再構築しています。例えば、植草甚一の代名詞ともいえる張り紙作品については、コラージュとは、「すでにあるなにかとなにかを組み合わせて、べつの新しい意味をつくりだす作業」(p.136)と分析します。また、彼の旺盛な古書収集については「植草甚一の生活のどこをとっても、ありふれた大量生産品をこまめな手作業によって再構成しているかれのすがたが発見できる」(p.138)と観察しています。

 

植草氏のおこないは研究とよべるものだったのでしょうか。この本を読むとナゾがとけたように感じます。たとえるならばパッチワーク。集めた端切れを使って作品をつくるアレです。興味をもったものの収集と再構成に価値がある生き方です。

捜そうと思えばネットがある今の時代にも共通するのが、この生き方なのではないかと思います。

「植草さんの前半生はかならずしも幸福なものではなかった。しかしむかし引いたマイナス札が最晩年につぎつぎにプラスにひっくりかえり、とつぜん、ハデな大逆転をとげてしまう」と梅太郎はあとがきに書いています。